【No.292・293】日本株は期待されるが、…低成長からの脱却は…物言う株主…リスクマネーは…
2023.3.30
日本株へ期待が高まっている。バブル崩壊の傷から癒えた個人投資家による買いが増えているほか、企業業績の底堅さなど投資環境も悪くない。年末の日経平均株価は3万円超との予想が広がるほどだ。とはいえ、その水準でもバブル期のピーク1989年の8割にとどまる。同じ時期の中国(香港ハンセン指数)とドイツは8倍前後、米国は12倍に株価を伸ばした。世界との差は開くばかりだ。バブル崩壊後海外投資家は日本企業が成長しないとの観念が染みついる。企業、投資家、金融政策など…日本株の復活の道を探る。
- 投資不足、研究開発費25%減、海外に見劣り、企業の新陳代謝の遅れ、年功序列による硬直的な人材登用など日本企業の長期低迷の原因は様々あるが、根本的要因は何か、学習院大学の滝沢美帆教授は「不十分な投資によって企業の成長が妨げられているためだ」と指摘する。投資で競争力の高い商品、サービスを生み出し収益性を高める。そこで得た利益で再投資する好循環が起きていない。日本の1社当たり平均の研究開発投資は過去10年間で25%減少したのに対し、米国は2.3倍、中国は4.4倍に急増した。また遅れていたソフトウエアやデーターベースの投資が近年増えているという指摘があるが、投資をしても活用できる専門人材の育成が追いつかず、成長に結びつけられない企業が多い。米国のIT情報技術のように新たな成長産業を生み出せないのだ。高度成長期の1968年からバブルが崩落する90年までの設備投資と純利益の推移をみると、大半の年で前年比2桁の増加率が続いていた。なぜ日本企業は攻めの姿勢を失ったのか。1990年代前半のバブル崩壊時に自動車や化学などのメーカーは業績不振に陥った。追い打ちをかけるように、90年代後半の金融機関の貸し渋りや貸しはがしが深刻化し、資金調達懸念が強まった。それまでの積極投資が裏目に出た形となり、多くの経営者が退任を迫られた。リスクを伴う成長より生き残りを優先した。日本株式会社アニマルスピリットを失い、内向き志向が強まった。2000年代から日本企業の利益剰余金が右肩上がりで増え続けたのはその証拠だ。日本は市場の圧力にさらされず、稼げない経営者、企業が温存された。抜け出すには、成長の担い手の企業が取って代わるしか道はない。市場の力を通じて、企業や経営者のアニマルスピリットに再点火できるかだ。
- 指数連動で物言わぬ株主が増加、株主による企業経営への関与の少なさが、欧米と比べた日本企業の業績低迷の一因だ。代表例は政策保有株が多い企業ほど自己資本利益率(ROD)が低い。経営に口を挟まない結果、低収益の事業が温存されるためだ。今では問題意識が広がり、時価総額全体に占める割合は1990年の3割超、2020年度は9%まで低下した。この「物言わぬ株主」の中心が、政策保有株からパッシブ運用に移行している。その割合10年間で2.3倍の70%に拡大した。手数料の安さと指数連動という分かりやすさから利用が急増した。日銀がパッシブ型上場投信(ETF)を買っている影響もある。パッシブ運用は株価指数と連動目指すため、採用銘柄すべて購入する。通常は指数が銘柄を除外するまでは売却しないため、売却によって企業に圧力をかけられない。株主も個別企業に対話や圧力をかける動機が薄い。機関投資家の行動規範はパッシブ投資家に積極的に中長期的視点に立った対話や議決権行使に取り組むべしと要望している。TPOIXの採用銘柄は2200社あり実務的に全てをカバーできないため、アセットマネージャーの8割が20社に絞っている。TOPIXでは対話などエンゲージメント(関与)の対象は全体の1%程度に留まる。欧米では主要な株価指数の採用銘柄は数百社に限られており、運用規模も日本より大きく、運用会社は十分な対話等を割り当てられている。日本も欧米並みに「物言わぬ株主」から脱するには、機関投資家が共同で対話などエンゲージメントを広げ、企業に圧力をかければ企業の稼ぐ力も回復が期待できる。
- ベンチャー投資が及び腰で増えない、日本の課題解決の主役はスタートアップだ。政府はリスクマネーを供給し、ベンチャーキャピタルへの資金投入など、ベンチャーの育成に本腰を入れると宣言した。リスクマネーとは損失を覚悟のうえで大きなリターンを狙える投資資金を指す。政府がそんな分野に公的資金を投入するのは、日本のベンチャー投資が不足しているためだ。内閣府と世界銀行によると、2019年国内総生産(GDO)に対するベンチャー投資額の割合は、米国0.64%、中国0.23%、日本0.08%と極端に少ない。米国では投資の60%を年金基金や大学などの中長期目線の機関投資家が占める。また個人のベンチャー投資も活発だ。ベンチャー企業の有無は経済の新陳代謝を左右する。各国の上場企業の成熟度を調べたところ米国は5段階評価で最も成長が期待できる創業期の企業が全体の34%と最も多く、日本は10%弱にとどまる。ベンチャー投資が薄い日本は成熟期が56%と最多だ。資金需要が低い企業が上場全体の半数を占める。欧米の半分に留まる起業比率や投資先の情報量の少なさなどが指摘されるが、日本のベンチャー投資に占める年金基金と大学の比率は4.7%に留まり、リスク投資に及び腰になっている。政府はエンジェル投資家による投資を促そうと、23年度税制改正大綱で20億を上限にスタートアップ投資の売却益への非課税制度を盛り込んだほか、昨年には世界最大級の機関投資家の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF) がベンチャー投資を始めた。環境は改善しつつある。
- 金融・財政支援で企業弛緩、収益性の低い企業が多い経済では、金融緩和が投資などを通して景気を押し上げる力が弱くなる。個々の企業を助けるはずの金融緩和が逆に企業全体の競争力をそぎ、日本株の低迷につながった。日本の低収益企業の多さは世界で際立つ。2019年の売上高純利益率の10%以上の会社の比率は日本16%で、欧米、中国は50%に迫る。低収益の企業、5%未満は日本が58%で米国と中国が27%、欧州は36%だ。日銀の金融緩和や政府の資金繰り支援で延命する企業が多く競争原理がうまく働いていないためだ。帝国データバンクによると有利子負債の利払いを営業利益などで恒常的にまかなえないゾンビ的企業は全体の13%に上る。ゾンビ企業は生き残りのために資金繰りを優先する。利益より売り上げを確保しようとて価格で仕事をとるため収益性は低くなり、優良企業まで不毛の価格競争に巻き込まれやすい。しかし企業にとっても債券市場の機能低下など金融緩和の副作用が強まり、日銀の政策修正観測が高まる。今年は新型コロナ禍で受けた実質無利子、無担保の「ゼロゼロ融資」の返済が本格化する。金融と財政の支援がなくなったとき待ち受けているのは淘汰の波だ。競争原理を取り戻した先の強い経済、日本株の回復が待っている。
- 政策投資・市場原理バランスを、海外にとって日本企業の魅力は北朝鮮以下…一見冗談に思えるが、投資の世界では事実だ。国連貿易開発会議(UNCTAD) によると、各国の国内総生産(GDP)に対する海外勢による累積の投資額(出資・設備・投資・融資などの合計)の割合は、2021年時点で日本は5.2%で北朝鮮の5.9%を下回り、200カ国・地域中197位だった。1990年代後半まで他の先進国と比べて外資参入の規制が厳しかった影響はあるが、2021年単年の投資額GDP比でも日本0.5%と、主要7カ国平均1.3%を下回る。日本企業も2022年国内の設備投資水準は、2002年比0.8増だが、海外は2.4倍増と伸びていた。国内で政府は半導体製造大手TSCMに4760億円支援した。その半導体関連の需要を取り込むため、京セラやソニーグループの新工場、熊本大学の教育センター設置などTSCM工場の新設をきっかけにモノやヒト、カネが動き出している。欧米に比べると国内回帰に向けた政府の支援はまだまだ規模が小さい。影響力を増す中国を念頭に、各国政府は有利な供給網を築こうと自国への投資誘致に躍起になっている。とはいえ、行き過ぎた国家介入は経済の非効率化を生む。2020年の東芝の株主総会で同社は経済産業省に働きかけ、物言う株主に圧力をかけたとされ、海外投資家に日本の国策リスクが強く意識させた。必要なのは国家の関与と市場原理バランスだ。日本の潜在成長率は2021年度0.5%で、経済の現状維持が精一杯だ。
日本の長期低迷をもたらす課題は根深く官民両面での対策が必要だ。日本株復活は始動している。成長の担い手の企業が再生し、チャレンジすることで、投資と成長の好循環を取り戻す一歩となるはずだ。